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第3回カイラス会開催

それは8月の終わりに届いた1通のメールから始まりました。


> HomePage を拝見して mailを差し上げています。

> で、いきなり本題なのですが、
> あの時期にカイラスへ tour を組んで向かった party で、
> 「ガイドがナイフを振り回して暴れはじめ」た事件があったりしたということは、
> ひょっとして、フランス人のカップルと、日本人のじいさんを含んだ party ではあり
> ませんか?

> 私も、まさにその頃、カイラスから戻り、
> ラサの八郎学に投宿しておりました。
> # もしかするとそこでお会いしているかもしれません。
> ## 八郎学からカイラス、新疆に向けて旅立った方が居たはず。

インターネット恐るべし。まさにこのパーティこそ僕の参加したパーティだったのです。思えばあのころラサの日本人の間でこの話はちょっとした話題になっていて、「これからカイラスに行こうっていう無謀な人たちがいるよ、しかも参加者の一人はおじいさんらしいよ。」という噂が流れていました。僕は当時ネパールに抜けるためのメンバーを捜そうとしていたのですが、なかなかいい話がまとまらずどうしようか考えていたところにこの話を聞いて、行けなかったらどうしようか悩みつつ結局カイラスの誘惑にはうち勝てずこのカイラス行きのパーティに参加することを決めたのでした。その後も値段を安くあげるためにメンバー探しを続け、フランス人カップルの参加が決まったのですが、出発前から彼らと口論を繰り返すなど、周りの人たちには「こいつらこんなんでカイラスまで行けるのかよ」ぐらいのことは思われていたのでしょう。ラサに無事戻ってからも(僕はラサには帰らなかったのですが)、言い出しっぺの日本人2人が今までの恨み辛みの報復に出たとか出ないとかで話題を振りまいてくれたようです。こうしたこともあって、当時ラサにいた人たちの間では話を知った人がいてもおかしくはない状況ではあったのですが、たかだか500人ぐらいの訪問者の僕のページを見て、このようなメールが送られてくるとは夢にも思っていませんでした。これをきっかけに第1回カイラス会が開かれたのですが、言い出しっぺの1人のはずの僕以外の人はみんな知り合いで、なぜか僕だけ「みなさんはじめまして」状態だったのですが、やはり同じ場所で時をともにした人同士が集まるというのは格別のものでした。こうして、定期的にみんなで集まることとなり、今回はその第3回。人数も10人の大台に乗せ、今年いっぱいで閉店するという東中野のバザーリ・パオで開催されました。パオの中でごろごろしながら(おまえ寝てただけだろという指摘多数。)、久しぶりにカバブ(アフガニスタン風なんだそうだ)を食べ、俺も老後は部屋の中にパオを作るぞと密かに思いつつ夜は更けていったのでした。でも、ほんとに良い店でしたね。年内閉店はもったいないです。次回は1月の予定。

(99.12.4)